宇宙を見る新しい目:重力波とその観測にまつわる技術のお話
こんにちは。宇宙大好き、伊藤彰彦です。
寒い日が続きますが、その分空気が澄んでいて星空が美しく見える季節になりました。
宇宙という言葉から、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか? 美しい星座や天の川、星座を思い浮かべますか? 宇宙人を思い浮かべる方もいれば、宇宙服を着て月に降り立った人類の歴史に思いを馳せる方もいらっしゃるかもしれませんね。
私達が思い浮かべる宇宙に対するイメージは「光」によって視覚的に描かれます。しかし宇宙を知る手段は必ずしも「光」だけとは限りません。私達が普段、光だけでなく音や匂い、手触りといった様々な手掛かりを通じて周りの世界を知るのと同じように、私達は光以外の様々な手段によって宇宙を探ることができるのです。
今回は私達が宇宙を知る新しい手掛かりの一つである「重力波」についてお話します。重力波とはいったい何なのか、重力波の観測によって宇宙の何がわかるのか、観測にどんな技術が使われるのかについて、簡単にご紹介していきます。
ノーベル賞にもつながった!重力波とは何か?
2016年2月、人類は宇宙を見る新しい「目」を手に入れました。アメリカを中心とする国際研究グループが「人類で初めて重力波検出に成功した」と発表したのです。新しい天文学の幕開けの瞬間でした。
重力波とは、アインシュタインが一般相対性理論の中で予言した「時空のさざなみ」とも呼ばれる現象です。アインシュタインの理論では、質量を持った物体があると周りの時空はまるでゴムのように縮んだり伸びたりすると考えています。
この「時空の歪み」が光の速さで伝わる現象のことを「重力波」と呼んでおり、重い星の衝突や爆発などの天体運動によって生じると考えられています。
図:重力波のイメージ(提供:国立天文台)
重力波は1916年に存在が予言されて以来、なんと100年もの間捉えることのできなかった「幻の現象」でした。これがアメリカの研究グループによって2015年9月に世界で初めて検出されたのです。
これは科学界にとって非常に大きなインパクトでした。この科学的功績を受けて、公表されてから2年も経たない2017年12月に、重力波の初検出に貢献した3人の研究者にノーベル物理学賞が授与されました。
重力波の観測により見えてくる新しい宇宙像
重力波を観測することができるようになって、私達が宇宙を見る目はどのように変わっていくのでしょうか。重力波によって切り拓かれる新しい研究分野について、簡単にご紹介したいと思います。
重力波天文学の大きなテーマの一つに「宇宙の始まりを観る」というものがあります。
現在私達が観ることのできる最も古い宇宙は、宇宙誕生から38万年経った姿と言われています。
この時代の宇宙は密度の高い火の玉のような状態だったと考えれており、そこから放出された光は宇宙の膨張によって引き伸ばされてマイクロ波となって私達のいる地球に降り注いでいます。
宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれ、ビッグバンの名残とも言われています。これよりも古い時代の宇宙の光は、火の玉の混み合った物質によって進路が妨げられて私達の目に直接届かず、観測することができません。
ところが重力波は光と比べて物質との相互作用がとても弱いので、混み合った物質に邪魔されずに通り抜けることができます。
このため、光によって観測できる限界よりさらに昔の宇宙の姿を重力波によって観測することができると考えられています。宇宙初期の出来事は素粒子理論や超ひも理論と関わりが深く、物理学における最大のテーマの一つである統一理論(あらゆる力や相互作用を統一的に説明する理論のこと)の検証に重力波の観測が役立つと考えられています。
宇宙の始まりを知る手掛かり、そして物理学における究極の理論を実証する手掛かりとして、重力波の観測はとても強力な手段なのです。
図:宇宙の歴史と初期宇宙からの重力波(提供:国立天文台)
精密測定技術の粋を集めた重力波観測装置
このように天文学や物理学に大きなインパクトをもたらす重力波ですが、予言されてから観測されるまでには100年もの時を待たねばなりませんでした。これほど長い間、人類が重力波を観測することができなかった理由は、その検出の「難しさ」にありました。
アメリカの研究グループが最初に捉えた重力波は、太陽の30倍程度の重さの2つのブラックホールの合体によって生じたものでした。
重い星同士の衝突という天文学的に見ても非常にインパクトのある出来事であったにもかかわらず、それによって生じた重力波の影響は、なんと地球と太陽の距離をわずか原子1個分(0.1ナノメートル)伸縮する程度しかありませんでした。
あまりに小さくてイメージしにくいかもしれませんが、重力波を捉えることがどれほど困難なことかが伝わるかと思います。
このような非常に小さな重力波の影響を捉えるために、重力波の観測装置にはレーザー干渉計と呼ばれる、レーザーの光を物差しとした精密な距離計測装置が用いられます。
レーザー干渉計は、工作機械の位置決めといった産業用計測や、 地球の状態を調べるための岩盤の歪み観測など、広い分野に応用されています。
図:重力波観測装置に用いられるレーザー干渉計(提供:国立天文台)
しかしこれほどまでに精密な測定を行うとなると、観測装置に生じるあらゆる振動の影響を気にしなくてはなりません。
地面のわずかな揺れ、空気のゆらぎ、熱による振動など、計測を妨げる様々な雑音を取り除くための技術が重力波の観測に向けて開発されてきました。
世界初の重力波観測に成功したアメリカの重力波検出器LIGOについて、観測に向けて開発されている技術がこちらのサイトにまとめられているので、興味がある方はぜひご覧ください(※英語です)。
地面振動の影響を極力抑える防振技術、巨大な装置全体を超高真空に保つ技術、高安定かつ高出力のレーザーを作り出す光技術など、重力波の観測は非常に高度な技術によって支えられているのです。
まとめ
今回、重力波にまつわる最近の出来事やその学術的価値、観測に求められる技術について簡単にご紹介しました。重力波観測をはじめ天体観測学は非常に奥が深く、また高度な技術によって支えられているということが本記事を通じて伝われば良いなと思っております。
未来技術推進協会では、宇宙に関わる最新情報や技術動向にも注目しその一環として宇宙科学シンポジウムを開催したり、有名大学の教授をお招きした講演会を開催したりしています。
産学連携に向けた取り組みも行っているので、興味を持たれた方はぜひイベントに足を運んでみてはいかがでしょうか。
今後開催されるイベントや過去に開催されたイベントをこちらに掲載しています。
今後も宇宙に関する最新情報や技術についてご紹介していけたらと考えています。以上、伊藤彰彦でした。